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草と土のにおいがする。山の中にある、先生のアトリエ。
陶芸作品が並ぶ部屋のソファでこう言われた。

それは、芸術学部陶芸学科に在籍していた、大学4回生のころ。


あの黒っぽい建物は、先生がセルフビルドしたものだったかな。
洗練されていてすてきだった。


お尻を叩いてくれない人こそ厳しい


 

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わたしは、お尻を叩かれて「こうしろ、ああしろ」と言われると、やる気がなくなる。 

 だけど、「おまえを信頼してるから、自由にしろ」と言われると、逆に厳しさを感じる。

 「その信頼に応えたいし、自由にするぶん、期待を上回る自分になりたい」と思うから。


今も、 超フラットで相手の自律を促す方と仕事をさせてもらっているので、

 そのぶん自分で頑張る意識を持たざるを得ない。


 「今は足りなくても、一生懸命やって、応えられる自分になりたい」と思う。


お寺暮らしの大学生



さて、わたしは、大学3回生の途中から田舎暮らしがしたくなり、

 大学のある京都市左京区から電車で1時間の亀岡市のお寺で暮らしていた。


なぜお寺か?というと、京都の山奥で色々な場所を探している途中、

 「ああ、ここに住みたい」と思ったのが、たまたまお寺だったからだ。


交渉してみると、案外すんなり貸してもらえた。仏像を管理しながらだけど(笑)

そこで畑をし、陶芸の窯を作って、自分の暮らしにまつわるもの

 (まきストーブの灰や、土や、草木など)で作品を作っていた。


浮いていたあのころ


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「暮らしと、表現と、仕事が重なるところを作りたい」


それが、自分なりのアートの課題。


 実践するために、田舎で土に根ざした暮らしをし、

 表現と生き方が乖離しない状態を作りたいと思った。


大学では基本的に「~賞をとるために頑張る!」という生徒が多かった。

 
わたしは正直、
「日本ではアートのマーケットが育ってないのに、そこ狙っていっても先がない。

 みんな正解を求めて、受験の続きをしてるみたい。それがアートなの?」と思っていた。


 今はずいぶん丸くなって、自分と違う方向性の人を見ても

 「ああ、あの人はそうなんだな」と認められるのだけど、

 そのころは精神的に未熟で、ずいぶん批判的な目でみんなをみつめていたと思う。


全く違う道を目指すわたしは、完全に浮いていた。


信頼に応えられる自分になりたい



ある日、ゼミの先生に交渉して、田舎暮らししながら作品を作り、

 大学に通うという形をとってもいいか?話し合った。

わたしはもう、大学を辞めてもいいと思ってた。

そのとき、先生に言われた言葉が冒頭の言葉。


 わたしはその言葉を聞いて、

 「こいつはもう何言ったって聞かないし、とりあえず中退させないように」
と思われたのかなと思いつつも、

 「そういうあり方を受け止めてくれるなら、それを上回る自分になりたい」とも感じた。


 なので、一般的な大学生とは違うけど、そのぶん製作をがんばる道を選んだ。


陶芸におさまらず、表現と暮らしが重なる世界観を、提示したかった。

 本を作ったり、服を作ったり、空間を作ったり・・、
みんなとは全く違うタイプの作品を作っていた。


 京都市立美術館で行われた卒業作品展では、
わたしの作品は、陶芸学科の作品としては異質だったが、

 全国のギャラリーから沢山のオファーがくるものとなった。

 
(その後、妊娠し調子が悪くなったのをきっかけに、

 製作過程の長い陶芸作家活動はやめて、 イラストに切り替えることになる)


突拍子もない発想と熱量だけはある



ちなみに、出身大学は、京都精華大学。一般的には何の学歴自慢にもならない。


ただ、クリエイターや環境・地方などマニアックな界隈では

 「あ、精華ですか~。精華民は、社会に出ても面白いことしてる人多いですよね~! 」

 と一言でわかってもらえる便利さはある。


なんで精華大学を選んだか?というと、

精華大学に体験入学で行った時「自由」な校風に衝撃を受けて、
ここに身を置きたいと願うようになった。


みんな伸び伸びやってて、かなり個性的。
 

大学の裏山に住んでるっぽい人がいたり、
大学内にクラブがあったり、

畑部や間伐サークルがあったり、
夜周辺の田んぼにイモリを取りに行って食べるような人もいたり、
セクシュアルマイノリティの活動も活発だったり・・・。


 制作展でも、精華は突拍子もない発想とみなぎる熱量だけはほとばしっていて
(そのぶん完成度は高くない傾向はある)

 他の大学の「キレイで完成度は高いけど収まってる 」作品とは違うなと思った。


自由は厳しい、でも自由であれ。


そんな精華大学を卒業してもう10年。

最近、大学広報のインタビューを受けてもらえませんか?という依頼がきた。


京都造形大学にはここ数年、出張講座で出入りさせてもらってきたが、

 精華大学には接点がなかったので、なんだか久しぶりに出会った気持ちだ。


 でも最近は、トークイベントでご一緒した
日常編集家のアサダワタルさんとか、
元greenzの編集長で勉強家の兼松佳宏さんなどが
講師になったりして、親近感はあったんだけどね。



で、大学で何を学んだか?色々考えてみたんだけど・・・

 

結局あそこで得たものは、スキルとかノウハウとか、そういうものを超えて

 「自由は厳しい、でも自由であれ」という強烈なメッセージだった気がする。


わたしのゼミの先生のように、

 「おまえならできると俺は信じてるから、自由にしろ」と言える器があった。


先生たちからすると、ハラハラするリスキーな生徒だったと思う。

それでも、許容してくれたこと。
ガチガチに固めようとしなかったことがすごい。


空気を読まない強さと、答えのない課題に向かうしぶとさ


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人気子供服作家の美濃羽まゆみちゃんも、卒業生。

最近は、お店を経営していたり、作家になったり、

仕事としてアートを続けている卒業生と出会い直すことも増えてきた。

彼らは、一般的な生き方とは違っても、空気を読まず、突き進むような強さがある。



北白川ちせ

 あと、ナチュラルに地方移住して生きてる人も多いよね。

 どんなところでもクリエイティブに生きる姿勢、
答えのない課題に取り組み続けるしぶとさを持っている。

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移住女子サミットでも、渡邉さんが精華の卒業生だった。

そう、人文や環境学科もあったのはよかったよね。

わたしは芸術専攻だったけど、他分野の学問も学べたことが、
自分の土台となってくれてる。


 民俗学や文化人類学が特に好きで、地域にインタビューしに行ったりと、
大学の外へ自分から出て行くきっかけをもらえた。


もし、芸術しか学んでいなかったら、
その範囲でしかアートをとらえれてなかったかもしれない。

 
アートは、哲学や生き方につながってるってことに、
気付いてなかったのかもしれない。


表現はこて先だけではできない。
表現するためには、その中身をしっかり育てることとが、かなり重要だ。


そういう意味で、自分で学ぼうと思えば学べる
(学ぼうとしなければ学べない)幅のある大学で良かったと思う。


自由には、タガを外すだけではなれない。




自由になるためには、奔放に振る舞い、タガをはずせばそうなれるのか?
といえば、そうでもない。


人間は放っておくと、クセやパターンに自動的に従ってしまう。
それを自由と勘違いすれば、より一層自分を縛ってしまうことになるし、
壁にぶつかって超えられない。

自由は、信頼に価するような努力あってのもの。

自由になるためには、自律するためのトレーニングを続ける毎日を送ること。


「アートでもなんでも、10年続けたら、何者かにはなれる。だから、続けろ」


そう先生は言った。


確かに、自由は厳しい。
日々もがきながら、楽しみながら、10年なんとか生きてきた。

でも、表現することをやめなくて、本当に良かったと思ってる。


最後に、今日の質問




あなたは、自由であるために、毎日何をしますか?



追記)あ、なんか、こんなふうに書くと、
精華の広報になるのかならないのか、わかんないですね(笑)

今の精華大学がどんなふうになっているのか分からないけれど、


いつまでも、社会に通気口を開け、次の時代に必要な、
いい意味での変態を輩出する学校であってほしいです。


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