朝から温泉に入ってきた。
今、福井にいる。能登での講演で呼ばれたので、その道の途中で泊まっている。夏休みだし、たまには親の働く姿を見せようかと思い、子どもも連れて家族でやってきた。東京や大阪に呼ばれることもあるけれど、こうやって地方からお声がかかり、田舎to田舎の辺境地へ行くことも多い。
朝の白い光を見ながらお湯に入った。ぱーっと明るい中、ひとりかふたりしかいない湯船に入るとき、すごくしあわせに思う。窓ごしに透けて見えるちらちらとした光が、水面にうつって揺れている。一日が終わる前じゃなく、明けるころに入ると「これから一日が始まるんだな」とさわやかに力が湧いてくる。いい朝だ。
そのころの記憶が染み込んでいたから、美大のころの立体作品は、いつもどこか化石のようなものだったのかなあ。体に知らず知らず取り込まれたものは、時間を超えてどこかでまた出てくる。
大きくなるたび、昔みたいな無邪気なかわいさはなくなる。でも、恥ずかしさや生意気さ、めんどくささが加わっていった姿もまたかわいくて、くしゃくしゃっと頭を撫でたくなる。
そう。大人になるたびに、じぶんの不完全さを感じる。いろんな層が積み重なって、いらなくなったり、また必要になったり、新しいものが刻まれたり。記憶や痕跡、これからのもの。汚れていたりかすれていても、愛おしいもの。
今、福井にいる。能登での講演で呼ばれたので、その道の途中で泊まっている。夏休みだし、たまには親の働く姿を見せようかと思い、子どもも連れて家族でやってきた。東京や大阪に呼ばれることもあるけれど、こうやって地方からお声がかかり、田舎to田舎の辺境地へ行くことも多い。
いろんな場所の景色を見て、人に出会えるのは嬉しい。昨日は6時間ほど移動でやっと宿にたどり着き、夜ものすごく眠くなりながら、疲れをじんじんとひたすようにお風呂に入りばたりと眠った。
そして、こんな時くらいゆっくり眠ればいいのに、いつものように5時に目が覚めた。ひっそり、ひたひたと誰もいない廊下を通って、お風呂へ。
朝の白い光を見ながらお湯に入った。ぱーっと明るい中、ひとりかふたりしかいない湯船に入るとき、すごくしあわせに思う。窓ごしに透けて見えるちらちらとした光が、水面にうつって揺れている。一日が終わる前じゃなく、明けるころに入ると「これから一日が始まるんだな」とさわやかに力が湧いてくる。いい朝だ。
昨日は福井の恐竜博物館に行った。息子が保育園のころ、恐竜にはまったことがあった。片っ端から本や図鑑を読みあさり、類分けやすべての名称まで覚えて、家族には「恐竜博士」と呼ばれていた。わたしまで「あ、これディノニクスやろ?」「ケツアルクアトロスやな」なんてわかるようになってしまったほど(笑)
子ども用の幼稚なものを想像していたら、思った以上にこの博物館は素晴らしかった。空間の作り方も、まるでその世界に体ごと入ってくように設計されていていたし、化石や足跡、骨から貝や植物の痕跡、石まで、たくさんのものが置かれていた。


ひとつひとつのものを見ていくと、吸い込まれそうになる。なぜかわからないけれど、昔からこのような痕跡をじっと見つめるのが好きだ。足跡から想像するもの、石の奥にある色や影、骨の勢いのよいフォルムにうっとりする。いろんなものをそこから想像させるものたちに、どきどきして、うずく。
ああ、そういえば美大予備校時代に、大阪の自然史博物館に行って恐竜の骨や模型、化石をデッサンしていたな。おっきなスケッチブックを持って、冷たい床にすわって、骨をひたすら描いていた。アンモナイトのデッサンも楽しかった。また行きたいな。
そのころの記憶が染み込んでいたから、美大のころの立体作品は、いつもどこか化石のようなものだったのかなあ。体に知らず知らず取り込まれたものは、時間を超えてどこかでまた出てくる。
そんなことを思い出しながらひたすら石を見ていたら、息子が「けいこちゃん、もういくで!」と言った。いつもは記念撮影なんかしないのだけど、息子の写真を珍しく撮ろうと思って「そのかっこいい恐竜の骨の前に立って!」と言ったら、恥ずかしそうにそっぽを向きながら撮らせてくれた。小さなころだったら、こっち向いて、イエーイ!とやっていたのにな。
そう思うと、なんかかわいくなった。「子どもは、3歳ころが一番かわいいよ」「今がいちばんかわいいころよね」といろんな人が言うけれど、それについてはあまりピンとこない。
大きくなるたび、昔みたいな無邪気なかわいさはなくなる。でも、恥ずかしさや生意気さ、めんどくささが加わっていった姿もまたかわいくて、くしゃくしゃっと頭を撫でたくなる。
こないだ会った20代の男の子が言っていたことを思い出した。
「今まで、ぼくは自分がすごいって思っていたんです。でも、この1〜2年で、自分が不完全なことがわかってきました」
「今まで、ぼくは自分がすごいって思っていたんです。でも、この1〜2年で、自分が不完全なことがわかってきました」
そう。大人になるたびに、じぶんの不完全さを感じる。いろんな層が積み重なって、いらなくなったり、また必要になったり、新しいものが刻まれたり。記憶や痕跡、これからのもの。汚れていたりかすれていても、愛おしいもの。
さてさて、これからあと1時間で能登へ出発。
したくして、ごはんを食べて、今日もどんな景色に会えるのか、楽しみ。行ってきます!
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■著作エッセイ漫画山カフェ日記~30代、移住8年。人生は自分でデザインする~ [コミック]
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