最近、色々な大学での講座や、大学生に関わることが多くて、その中で感じることがあります。とにかく学生さんの差が激しいってこと。やる気があり一生懸命物事にむきあって突き進んでいく子と、なんとなく周りに流されて、ポーズをとってるうちに卒業しそうな子。


■「聴いてくれる人に失礼じゃない話し方」って大事だよ。
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例えば、発表のプレゼンを見ていても、意識一つで全くありようが違う。自分にしか意識がいっていない子は、リサーチも考察も行動も深くやっていない時点で発表の舞台にたっちゃう。

そして、ダルそう、テキトウ、まとまってない話をきかせる、かっこつけてる、なめてる・・・というような態度をとってしまう。聴いている方にとっても結構大変だし、先生も「ちゃんと話なさい」と小学生に言うようなことしかアドバイスできなくなります。

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反対に、ちゃんとリサーチ、考察、行動、思索をし、発表も工夫して話す子もいます。ちょっと何かが抜けてても、下手でも、やっぱり熱量をかけてきている子は一目でわかるもの。背筋を正して話をききたくなるし、先生も掘り下げたアドバイスをどんどんしたくなる。だからどんどん伸びていく。


■自分にこもらず、客観性があるかどうか?がポイント

両者の違いは、
・主観だけで自分のことにしか意識が向いていない
・客観性も持ち合わせていて相手のことも考えてる、の差。
そして、「相手は、時間とエネルギーをかけて聴いてくれている」という意識があるかないか。



今はまだ学生だから、なんだかんだ先生たちも世話をやいてくれるかもしれないですよね。ただ、先生たちも想いはもちろんのこと「仕事だから」やってくれているということは忘れないで。社会人になったら、そんな手間なことをわざわざやってくれる人はいないと思ったほうがいいです。

■自分のために泣くか、人のことを考えて泣くか。

例えば仕事でミスをした時に、ミスをした当人が泣きそうになってる理由って、周りでみてると何となくわかるもの。自分のことにしかエネルギーが向いていないか、ちゃんと相手のことも含めて見ているか。
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自分がかわいそうで泣いてる人に「そうじゃなくてさあ、相手のことも考えようよ」ってわざわざ言う人いるかな?そこを教えて心から理解できるかどうか?というのは、もはや社会人にもなると難しいものです。お客様に迷惑をかけたと思って泣きそうになってる子は、すぐに手を打つし、改善もしていくんですよね。どっちが仕事のパフォーマンスがいいか?というと一目瞭然です。

■アドバイスの質は熱量に比例する

「そんなのならってません」「なんでおしえてくれないんですか?」なんて受身な姿勢や、こういう「周りに育ててもらって当然」という態度は通用しないです。そういう人の仕事はこれから、ロボットにでも代行されていく気がします。


自分で考えて動き、その上で人に説明したり質問する人は、質の高いアドバイスや協力を得られるでしょう。掘り下げた分、掘り下げた答えが返って来るものだから。先生も、周りの人も、そういう子には応えたいんです。
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■「他人はどうあれ力」をきたえよう

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「他人の目を気にしない力」ってすごく大事なんじゃないかな。これも多くの学生さんをみていて思うこと。

「他人がどうしてるか?どんな姿勢で態度でやってるか?」を気にして合わせてると、実は学外に出たとき、自分までレベルの低い状態に染まっていたことに気がつきます。

他人にあわせたところで、その先になにがある?正直、なんにもないとわたしは思います。
誰も責任はとってくれない。これから先、生きていくのは、自分だよ。


「なんか足らない、この状況がいや」だったらその先は自分で考えるもの。動くもの。待ってても誰も助けてくれないし、先生に求めても何にも出てこない。大学内でも、外でもどんどん開拓していけば、世界は広がってるんだよ。


飛びぬけてる子達は、わたしの周りでも沢山いて、社会人とも地域の人とも関わりながら伸びてる。そういう状況は自分さえ動けば、すぐそこにあるんです。


■ポーズをとらないでまっすぐやる方が得

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「ポーズをとらない」ってかなり大事。こないだも、講座をしたとき、前の方の席で食いつくように目をキラキラさせて聞いてくれてる子もいたけど、後ろの方で興味あるのかないのか分からない子もいました。

だけど、意外とほとんどの子が感想はびっしり深くかいてくれていて、みんなそれなりに関心を持って聴き、考えてたんだなって思ったんです。

「こんなことをしたら恥ずかしいかな、ちょっと怖いかな、傷ついたらどうしよう」色々思うことはあると思うし、悟られないようにポーズをとってしまうのかもしれない。


だけど、そうやって興味なさそうにしてる間に「興味があります!」と全身で現して、きらきらした目で聴いて、どんどん近付いていく子は、人との出会いを大切に出来る。そして、かわいがられ、伸びる。

そういう子との差って、あとでどうしようもないくらい広がっちゃうよ。



今からすぐさま、ポーズなんてとりはらって、自分の気持ちに素直にガンガンいったほうがいい。逆に言うと、今そういう子が少なくなってるから、大人にとってはガンガン来る子が来たとき嬉しくて、もっともっと応えたくなるし、引き上げたくなる。こういう姿勢でいると、今かなり!得だよ。

■大学生。これがぎりぎりのチャンスと思って姿勢を変えよう


1、自分のちっちゃいプライドにこもらず、相手のこともみえる客観性を持つ

2、ちょっと下手でもいいから、とにかく熱量をかけてやりきる

3、かけた熱量に対応して、アドバイスの質はかわる

4、姿勢のいい子と悪い子の差が大きい。だから逆に、いい子は今めっちゃ得で引き上げられます。

■子供のころから家庭で「他人はどうあれ力」を磨き「とことんやる子」にしておく


「この重要な核心を、ある程度大人になってから学ぶのって難しいんだなあ・・・」と、わたしは大学にいくたびに思います。よくあちこちの大学で聞くのは、最近、大学になってまで保護者が「ああしてくれない」「こうしてくれない」「うちの子を~して」と求めてくることが多くなったとのこと。「え・・・まじで?大学生になってまで?過保護?」ってわたしは思いますが。


ほんとうは学校より家庭で、小さな頃から身に着けていくべきことがいっぱいある。私自身も小学生の親として大切にしないとな、と身につまされることです。(関連記事→


お子さんがいらっしゃるご家庭では、習い事やお勉強、受験などが一般的には重要視されています。もちろん、何をするか?も大事だと思うんですが、それ以前に「ものごとへの姿勢」を育くむことがものすごく大事だなあって思います。

コミュニケーション能力も減ってるといいますが、それって接客スキルみたいに習えば身に付くものではなく、小さな頃から家庭や地域でいろんな人と交わって育まれること。


失敗するのが怖い子、答えをすぐにほしがる子も増えてますが、どれだけ小さな頃から挑戦して失敗して、またやる・・・・を繰り返せるか?が重要。これも、家庭の風土で育まれるものが大きい。


大学で学ぶ学問の「前提」に立ててない状態が増えてます。そうすると、その先にあるはずの学問や実践が深められず、社会に出てからの生きる力も弱い・・・という自体に。せっかく多大な学費を払って四年も行くのに、これじゃもったいなさすぎます。

家庭で、暮らしの中で小さなころから子どもの物事への姿勢をとにかく養う。その大切さを今、すごく感じます。

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■著作エッセイ漫画
山カフェ日記~30代、移住8年。人生は自分でデザインする~
山カフェ日記~30代、移住8年。人生は自分でデザインする~ [コミック]








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