プラユキさんの言葉を、一部紹介します☆(以下は和田清華氏が講座よりまとめたものを許可を得て紹介させて頂いています。)

●「安定した気持ちで全体のプロセスを体感的に受容し、理解を深めていく」ということの重要性。これはそっくりそのまま瞑想行の核心でもあり、また、心を癒し、成長させていくために必要とされる重要な要素です。

●私たちが「過去」や「未来」と称している時間というものは実はすべて今ここの思考作業によって瞬時瞬時に形成される心理的創造物ということなのですね。それは決して自分から離れたどこか別な所にあるわけではないのです。過去の後悔や恨みつらみも、また、未来の心配や不安も、すべて今ここでの心の中のおしゃべりによる創造物です。ですからそれに気づいて今ここでそのおしゃべりを止めれば、その瞬間に後悔や不安も消失します。誰でもが今この瞬間に、どこにも行かずに過去や未来の苦しみを軽減させたり、滅したりできるわけです。

●「これからの時代は智慧と慈悲が調和し連動した平和運動、すなわち「気づきや智慧を通して自身の内面の物語やイメージを理解し、自己との平和的な関係をしっかりと築き、その上で一個人の心の平和に完結してしまうことなく、豊かな対話を通して人々へ愛や慈悲を蒔き広めていく」。きっとそんなスタイルの平和づくりが求められてくるのではないかと思います。

●「智慧」とは、「あらゆるものを“よき縁となす”こと」。もうひとつの核である「慈悲」についても「縁」という言葉を用いれば、「あらゆるものの“よき縁となる”こと」と言い表せるのではないかと思います。

・・・・・・以上は2005年の講演録より抜粋。

以下は、毎日新聞に(2009年10月9日)掲載されたプラユキさんの記事を一部紹介です☆










「プラユキ・ナラテボーさん タイで出家した日本人僧」

タイ・バンコクの北東350キロ、深い森の中にあるスカトー寺
で修行して21年。悩みを抱えた日本人の来訪が相次いでいる。相談体験を織り込んだ自叙伝
「『気づきの瞑想(めいそう)』を生きる」(佼成出版社)を8月に出版した。

学生時代、障害者や難民の支援活動に参加するが、人間関係に行き詰まる。そんな時、仏教の教えを基に社会問題に積極的に取り組むタイの僧と出会った。タイに留学し、「3カ月のつもり」で出家した。現在、寺の副住職。

毎日、午前4時から読経し、その後、地元の村で托鉢(たくはつ)。道端で手を合わせて待つ子どもやお年寄り。湯気の立ち上るご飯が次々と布施される。村中を走り回る犬や鶏。命が満ちあふれる。

この10年、約300人の日本人が相談に訪れた。何度も自殺を図った人もいる。寺に泊めて、何日も話を聞く。托鉢に連れて行き、笑顔いっぱいの村人と接してもらう。

「今、日本では人と人のつながりが失われ、孤独になりがち。1人でこもれば妄想が膨らむ。思考が暴走しやすくなっている」と分析する。

「仏陀(ぶっだ)は自らの体験で実証された。苦しみはどこからくるのか洞察し、しっかりと対応していけば、苦しみはなくなることを。仏陀の教えの核心はここにあり、私たちへの生きたメッセージ」と語る。

悩みや苦しみを抱えた時、自分を守るには「今、この瞬間を生きていることに気づくこと」
が何よりも大切という。