限界集落、たった一家族だけになったおじいさんのおうち。


黙々と、土地を美しく清めるように茶畑の手入れをする山の哲人のような姿が、今も目に焼きついている。

↑2012年のころの手入れされていた茶畑。




↑石垣が美しく組まれ、きらきら輝く

おじいさんが入院し、茶畑が荒れて来た時、
今まで関わってきたメンバーは思った。


「なんとかこの、美しい茶畑を存続させたい」

「この地で茶畑の手入れをしながら暮らす人を見つけ、つなげたい」



社協や老人クラブ、移住者支援NPOのいなか暮らしネットワークで、
茶畑を可能な範囲で手入れしながら、

次の移住者を見つけられれば・・・と模索が始まった。



そして10月初旬、いなか暮らしネットワークが中心となって、地元、高知市内、長野や京都からの来訪者が集まって、茶畑の手入れワークショップを開いた。



 

昔はあんなに綺麗だったのに、おじいさんがいなくなってから

ボーボーになって荒れてしまった茶畑。



正直言って「もう無理かな?」と思うほどだったが、
一日10人くらいで作業をしたら、

みるみるうちに茶畑らしい形に戻っていき、

土地の3分の1はきれいになった。


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みんなでお茶の木の周りにあるツタや雑草を抜き、

お茶の木を大きなバリカンみたいな機械で剪定していく。



お茶の木が見えないくらいに草で覆われてしまったところもある。



黙々とした作業だが、やったらやった分だけ

土地が綺麗になっていく達成感がすごい。



体を使って動き、汗をかいて、

みんながすがすがしい顔つきに変わっていく。



夕方、そんな気持ちよさが、茶畑に漂っていた。



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私は、そんな風景を見ながら、
「おじいさんの生き様は、
一時消えたように思えても、
ちゃんと人の体の奥にしみこんでいて、

こんな形でつながっていくんだなあ・・・」と感じた。



私達の、今感じているこの充実感、達成感。



その奥にある、おじいさんの姿をずっと忘れずにいたい。

そして尊敬し続けたい。

そう思った。



これは私達の成果だ、と奢ってはいけない。


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今まで地域で暮らしてきたおじいさんのような人が、
損得をこえて守ってきてくれたからこそ、
美しいと思える大地が残っている。



「儲からないのになんでそんなことをするの?」

「今の時代にそんなことして何になるの?」

きっとそんなこと何度も言われただろう。




都会に出て行く人を見送りながら、時にうらやましいと思いながらも、
それでもコツコツとこの地を耕し続けて来た人達の
おかげで、

続いてきた土地と文化。


なぜそんなことが出来たのだろう?



「ご先祖さまに申し訳ないから」「子孫のため」?

色々なコトバで表現されていはいるけれど、

彼らの姿を見ていて感じるのは、

胸の奥にある「土地への愛」だ。




そんな人たちへの敬意や感謝を忘れずに、
地域に魅かれてやってくる移住者たちとともに、
新しい時代を作ってゆくこと。




移住者として、そして移住者を迎える身としても、

必要な心構えだなあと思った。

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開拓者魂のある、新しい動きを作ってゆくタイプの人は、

今まで地域を守ってきてくれた人達に「敬意と感謝、学ぶ姿勢」を。



守ることを大切に、地道にやっていくタイプの人は、

多様な人たちや、新しい価値観を受け入れる「幅と柔軟さ」を。



移住者と地元者。

違うタイプの人たち。



お互いに敬意を持ちながら、交わっていくことが、

これからの地域を魅力的に作り上げていく鍵になる。






たった一人のおじいさんの生き方は、

美しい茶畑を照らし、私達を魅了し続けている。




過去のおじいさんと茶畑の記事はこちら*:..。o○☆゚・:

「おじいさんの茶畑から」

→2012年、おじいさんがまだ元気だった頃のお話。

「お茶畑の、奇跡のような瞬間を手のひらにすくって」

→おじいさんが入院されてからのお話。