空白を穴埋めしない勇気




空白を穴埋めしない勇気。
必要だなと最近、よく思う。

沈黙が表現を生み
ないことが何かを生むから。


やったほうがいいことと、やるべきことの違い



田舎、地域で暮らしていると、たくさんやったほうがいいことが見つかる。

 
030




031

あれも足らない、これも人材不足、この課題はどうする・・?
ひとつ受けたら20くらいの案件がやってきて、忙殺されだす。


真面目で優しい若者ほど、悩むことが多い。
もちろん、地域で生きていくためには、それなりに地域活動に参加することは大事だ。
でも、度を過ぎるとね・・・。

相談されたとき、答えるのは、
「やったほうがいいことはこの世に無限にある。けれど、それが自分のやるべきことか?」ってこと。


それこそが自分の役割だと思うなら打ち込めばいい。でも、やったほうがいいたくさんのことに、本当にやるべきことが忙殺されてできないとすれば、それはバランスがおかしくなってる。優先順位をつけて、自分のやるべきことに集中したほうがいい。


そうでないと、地域活動に追われた末、自分の仕事が中途半端になる。そもそもその地域で暮らし続けることができなくなる・・・という本末転倒にもなりかねない。そうなったら、誰にとっても得はない。

少子高齢化で、仕組みごと取り替えないとやっていけない時期なのだとしたら、それを変えるきっかけを今作ってしまったほうが、いい。


スイーツ&ラーメンのお店???




最近、わたしが暮らす高知県嶺北地域には、新しいお店が開店している。


以前は喫茶店と食堂しかない場所だったけど、若い人たちがカフェを開いたり、コーヒー専門店を開いたり、パンやさんを開いたり。うどん屋がほしいなと思ってたら修行して帰ってきた人が、絶品のうどん屋を開いてくれたり。小洒落た店がほしいと思ってたらイタリアンもできた。


これは、ある程度、移住とかUターンが増え、さらに町が近年盛り上がってきた雰囲気の中で起こっていること。個人店の出店は頼もしい。





こういう現象は珍しく、全国的に、過疎地域にはお店が足らない。そして、これから話すことが起こりがちだ。


例えば、住民の気持ちとしてはラーメン屋さんも洋食屋さんもほしいけど、ケーキ屋さんとうどん屋さんしかない。


そこでお客さんがケーキやさんに「ラーメンが食べたいからおいてくれ」といったとして、そのケーキ屋さんが一生懸命ニーズに応えようとし、ラーメンを起き出したら・・・「スイーツ&ラーメンの店」になって、どんどんなんでも食堂化していく。その結果、地元の人に愛される店・・・となることもあるかもしれないけれど、ケーキ屋さんとしてのブランドは崩れる。


うどん専門店に、オムライス出してっていうのも同じ。言われたから、こたえてあげなくちゃとこたえたとき、うどんのプロとしての看板がなくなってゆく。


ローカル密着型でない限り、その店自体のブランド・・屋台骨が崩れてしまい、せっかくあった魅力がごちゃごちゃして見えにくくなる危険性が高い。遠くからわざわざ1時間かけても来たいケーキ店だったのが、ごちゃっとした結果、もうそこまでしていきたくない店に変わってしまうことも、多々あるだろう。(関連記事:「カフェ経営はゆるふわじゃない」なぜ田舎にはうどん&コーヒーの店が多いのか?田舎で起業「個人でカフェをするポイント6」


第三セクターなどは特にそんな感じで、地域に足らないから・・・と、本来事業としてやるべきものを補助金を投入してやってしまうことも多い。結局作ったハコモノやお店は、やがて地域の負債になり、でもやり出し方らには引くに引けない状態になり、その地域の赤字を生み続ける施設になることが多い。若い人に帰ってきてほしいと言いながら、やってることはその後の若い人たちに借金を負わせるようなことである。


それを見たとき、住民のニーズに、本質的に応えるってなんなんだろう?と思う。中途半端に自分の中心・本来的な役割でないことをする、というのはそれだけの危うさをともなう。

表面的に穴埋めしようとすることで、他人のチャンスを奪うこともある。例えば、ケーキ屋さんがラーメンを出すことで、ラーメン屋を作ろう!と本気で思う人が減るかもしれない。「もう、一応あるしな・・・」って。ないままにしておけば、「ないんだから、作らないと!」って全エネルギーをさける人が現れたりすることもあるのに。


自分がやれることでも、やらないことで、本来それをするべき人、したい人が育つこともある。子供だって、毎日手を貸しすぎていると、自立を妨げるのと一緒で。



穴埋めしないことで発生するもの。ない、ということは、ないから作りたくなる人を迎えるための扉でもある。



前提として、ふだんから地域の土壌を耕し、人材を育て、外に対してもオープンに。人が往来する仕組みを作っておくことは必須だけど。それが、本質的にニーズを汲み取ったり、長い間、住民が幸せに自立して生きられることにもつながるんじゃないか?と思う。



みんな空白が怖い。でも信頼して大丈夫。




これと同じようなことを、きのう話していた。表現という分野で。
 

詩人で、ポエトリーリーディングのtotoさん。

様々なラッパーやミュージシャンとフリースタイルでセッションしている。


彼女の即興のライブパフォーマンス。その時の彼女は大きく見えて、光っていて、その場でしか絶対に紡ぎさせないお話と出会える。言葉たちと、大きな海に一緒にたゆたわせてもらっている感覚。


そんな彼女も、「最初はなんにも出ない恐怖が、大きかった」という。


お客さんに来てもらってからには楽しんでもらわなければ、という思い。

わかってもらえるかわからない恐怖。

なにも浮かばないんじゃないか、と思う恐怖。


でも、あるとき気がついた。


「沈黙が怖くて埋めていかないとと思っていたけど、

その空白の間こそが、大事だったんだって」


そこから楽になった。

その場を音で満たすよりも、どう空白をつくるか。

本の余白をどう作るか、ということと似てる。


「なにもないのは怖いことじゃないんだなあと思ってから、浮かばない恐怖がなくなった。自分の中に自分ともうひとりいる、と信頼してから、その人が何をするんだろう?と楽しめるようになってきた。なんにもない時間が愛おしい時間になってから、むやみやたらと自分ばかりがお客さんに与えるんじゃなくて、沈黙もふくめて共有してる時間なんだと、思えるようになった」


その中で、大事なのはなに?と聞いてみると、ふたつ出てきた。

まずは、自分を信じきるということ。

日々のなかで言葉のトレーニングを積み重ねながら、そのときの一瞬に身をあずけ、パッと思いつくという体験を重ねていく。
その体験のなかで、言葉は外からとってくるものじゃなくて、自分の中にあるものなんだと気付くようになる。そして、さらに自分を信頼できるようになる。


もうひとつは、聴き手を信頼するということ。

わかってもらえないんじゃないか」「10出したら1しか拾ってもらえないんじゃないか」という恐怖が今は、「1自分が出したら10拾ってくれる人がいる」という信頼になっているという。


沈黙を埋めようとしない。空白から生まれるものを信頼する。

そして、自分ができるパフォーマンスを精一杯する。
そこで生まれるものがある。 


最後に



自分を信じて、相手を信じて。

その上で、日々、できる準備をする。
自分を磨きあげる。人を育てる。


人が入ってこれる土壌を、豊かに耕し、迎え入れる。

そこで出会って起こる変化を楽しむ。


表現も仕事も、地域も、通じることのような気がした。


◾️メルマガをはじめます「ぽっちりライフを描こう」 限定動画、記事、講座の案内がほしいかたはこちらにご登録を

◾️ヒビノケイコのプロフィール・執筆&講演履歴と依頼はこちら



■ヒビノケイコ4コマ新聞のFacebookページやツイッターでは、ブログ記事で書いていない情報も発信中!
はじめての方で「いいね!」と思っていただけましたら、一押しお願いします。

このエントリーをはてなブックマークに追加






◾️2刷目再発売、よく売れてます。都会から山奥へ、30代移住9年目。田舎暮らし、起業、子育て、地域のお付き合い。楽しさも悩みも、すべてつめこんだエッセイ漫画。










自由になるトレーニング
プラユキ・ナラテボー
Evolving
2016-03-31











◾️「ヒビノケイコが最近読んだ本10冊」
◾️「ヒビノケイコが愛用するキッチン道具Best10」日本の老舗の逸品~最近のヒットまで


◾️自然派菓子工房オーナーとしてオススメする「質の良いお菓子材料・サイトまとめ」



◾️私がオーナーをしている自然派菓子工房「ぽっちり堂」山の素材で手作りした優しいお菓子ギフト・内祝いを全国通販してます。