そこは、異様だった。

日曜日、jaajaのライブイベントがあるというので、徳島にある廃校をリノベーションしたカフェ「ハレとケデザイン舎」へ。いつも通り、コーヒーのこうばしい香りが漂っている・・・と思いきや、一歩外に出ると「え!」と思うような仮面や妖怪のような人々が、踊っていた。

 

仮面にあふれた不思議な世界。山々と奇抜な衣装と音楽。でも浮いてない。

 






「仮面をかぶる」と聞くと、何を連想する?



いままで「仮面をかぶる」という言葉に消極的なイメージがあった。例えば妻や母など、「社会的に当てはめられた仮面をかぶる」というような。つけた仮面(役割)が外せなくて、自分が「不自由になる」または「自分に嘘をつく」という意味合いを感じていた。


だけれど、そうではなく、「仮面は自由に近付くための装置にも出来るんだ!」。1日仮面と触れ合って過ごすうちに、そう思うようになった。仮面は、同じ世界にいながら、「異次元の世界に入るための装置」であり、もっと言えば、「自分を変化させてゆくためのツール」になる、と。



今日はそんなお話をしよう。


白水麻耶子さんの仮面。
 

仮面のアーティスト


 

ステージのそばをふと見ると、詩人のtotoさんたちと訪れた尾道で出会ったアーティスト・白水さんがいた。子供たちに向けて、仮面作りのワークショップをしている。白水さんの作る仮面は、存在感がある。空気がそこだけ違う。



偶然にも、朝から「仮面がつくりたい」と連呼していた息子は、ずんずん進んでゆき、白水さんの前の椅子にぽんっとすわった。


 
「どんな輪郭にするか考えて色を塗ってね」と白水さんが言う。 「白いきつねにする」と息子は言って、ためらうことなく、筆をさっさっさーと動かし、色を塗ってゆく。



きつねの顔の真ん中に、青色にギラリと光る眼をふたつ。
ちいさな三角の鼻をぽちっとつける。「これで出来上がり」・・・。 白水さんが、仕上げにアクセントとなる穴を、ぷつぷつ開ける。


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しかし、息子よ。終了するの、どんなけ早いねん!とわたしは思った。他の子供たちは、もっとペタペタと色を塗ったり、眼もいっぱいつけたり、装飾を増やしたりしているのに、息子は、なんてそっけない・・・いや、なんてシンプルなんだろう。シンプル好きなのは、料理だけかと思ってたけど(チャーハンは卵のみ。うどんは素うどん好き)ここでも、同じらしい。


白水さんに「ここまで潔いのは、すごいねえ」とまっすぐな目で褒められ、息子は仮面をつけて嬉しそうに走り出す。


出店者やアーティスト、周りの知らない方々に見てもらい、声をかけては被ってもらう。仮面を通して、こんなにコミュニケーションが生まれるとはすごい。それにしても、ここまで気に入るなんて・・・。夕方になっても、夜になっても、その次の日になっても、息子はきつねの仮面を離さない。


なぜ仮面という存在にそそられるのか?


 

夜、わたしが歯磨きをしていると、息子は仮面をつけて、ひたひた・・・そーっと寄ってくる。その姿にはちょっとゾクッとするものがある。



いつもは騒がしい彼が、とても静謐なのだ。



仮面をかぶっているときは、あくまで「白いきつね」であり、自分ではない。彼のある一面、今までなかった一面が、そこに出現しているのだろう。


なぜ、そんなに仮面という存在に、人はそそられるのか?気になったので、ちょっと調べてみた。仮面について、狂言師の方のコラムを見つけたのだけど、その中にこんな一節があった。



「では何故人類は「仮面」と云う物を創り出したのでしょうか。 それは世界各国に残る儀式などを考察すると、自分では無い存在(神々など)に変わると云う変身願望から生まれたと考えられます。


本来人間はその本能として、常に自分自身を変えていきたいという願望があるそうです。 憧れる人物に自己を投影し、その人物の仕草や物の考え方、さらに髪型やファッションなどを悉く真似ているうちに、 やがては自己の人格までが変化し、形成されていくのはまさに良い例でしょう。 


この演劇的本能は人類の進歩・進化にも繋がっていると云っても過言では無いと思います。」


出典:能楽の仮面についてhttp://www.atelier-oga.com/column/column-kamen.htm)


なるほどなあ。息子の場合は、変身願望かな。仮面をかぶることによって、違う世界に入り、違う自分になれる。違う世界に入る装置としての役割がそこにある。喜んで仮面をかぶっていた小さな頃を思い出せた気がして、嬉しくなった。

 

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気高く飢えろ




そうだ、以前「もっと気高く飢えろ」と、仕事仲間が言っていた。古い自分にしがみつかず、現状維持に甘えず、恐れずに実践すること。

特に拡大志向もないわたしが、もし、仕事は「食べていけたらいいか」と満足していたら、今のような活動はしてないだろう。

”自己変革”というと「今までの自分が嫌で〜」みたいな話になりがちだけど、実はわたしの場合、別にそこまで今までの自分が嫌いではない。

ただ、同じ体でも、同じ瞳でも、もっともっと面白い景色が映し出されるような視点を、自分の中に持ちたい。そして、もっともっと、人を違う世界に連れて行けるような、アウトプットができるようになりたい。

足りてないから変えるんじゃなくて、もっと面白くなるために変わっていくのだ。

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エア仮面

 
 

そのためには・・・誰かに「当てはめられた仮面」をかぶるのではなく、自ら「こうありたいという姿の仮面」をかぶって、ふさわしい思考と言動、行動をとる。仮面そのものでなくても、心の中でエア仮面をかぶれれば便利だしね(笑)


この人みたいになりたい、と尊敬できる人がいれば、その人の仮面をそっと被ってみるのもいいだろう。例えば、生活や仕事の中で「あの人だったら、こんな時、どんな言葉を使うだろう?」と考えてみる。トラブルがあっても「あの人ならこんな時、どういう対応をするだろう?」一呼吸して、考えて対応してみる。そのうちに、自分は静かに変わっていく。



不自由を自由に変える




ちなみに、ハレトケデザイン舎の「ハレとケ」は柳田國男によって見出された、時間論を伴う日本人の伝統的な世界観のひとつ。

 

ハレの日=非日常、折り目節目

ケの日=ふだんの生活、日常


先日、神職さんとの対談動画でも触れた「日常と神聖な空間」との行き来や「折り目節目と自己形成」にもつながる。(関連神職は雑誌記者?対談「五感で感じる神道」川村一代×ヒビノケイコ
 


何かに縛られ、抑圧され、動かされるものではなく、自ら入っていく姿勢。次の姿に”ふさわしい”思考や行動をとるということは、自分を律するということ。


次の自分に進んでいくために、心の中で、ありたい姿の仮面をかぶって毎日を過ごしてみよう。その時、仮面本来の意味を自分の手に、取り戻せるのかもしれない。


なんだって当てはめられるのは嫌だけど、自分から積極的に使っていくと、意味が変わる。意味付けを変えて、自在に生かせる人になろう、ね。


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田舎カフェ「ハレとケデザイン舎」廃校活用の最高峰!一歩踏み入れた瞬間、アートの一部になってしまう世界観。徳島三好市

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