収入と仕事は増えてほしいけど、実際に生み出したら疎まれる謎


高知の山奥へ移住して9年。多様な暮らしを見てきた。笹の家のようにお金がなくても成り立つ自給・循環型経済の実践者、ネットを使いお金をどんどん生み出してゆく新しい仕事のかたち、地元の企業で一生懸命働く人たち。


どんなスタイルもすてきだと思っているのだけど、今日はあえて「お金を稼ぐこと」に焦点をあてたい。そこに、根深い問題が潜んでると思うから。

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どこの田舎でも、「収入が少なくて生活が苦しい」「田舎には仕事がないから、子供は都会に出て、帰ってこれない」という言葉を聞く。その中で「あれ?なんだか不思議だなあ」と思ってたことがある。


1、お金をたくさん稼ぐ=ずるいこと?

田舎では、事業でお金をたくさん稼いだら稼いだで、事業主が悪く言われる傾向がある。「あそこはあんなに儲けて・・・」「コソコソ」みたいな感じで。お金を稼ぐ= ずるいやつ、 悪いやつにされちゃう構図。嫌がらせをされる場合まで。そう思われるのが嫌な人は、もっともっと生み出せてもブレーキを踏んでしまう。そんな姿を見て育つ子供達は「お金をたくさん稼ぐことはダメなんだ」と無意識的に刷り込まれる。


村の人だって雇われる場所がなければ困るのに、雇うだけの事業になろうとすれば足を引っ張る。今の時代、「人を雇う」こと自体、ある程度の思いがないとできない。なぜなら、ほとんどの作業は機械で代替されてゆくから。人を使ったほうがコストも手間もかかる。そんな中で、わざわざ雇用しようという人の思いを削ぐことは、ゆくゆく自分や子供の首を自分でしめることにならないのかな?と思う。

 

2、無料と善意のワナ

ムラの中ではボランティアや相互扶助でまわっているところが大きい。それは、社会保障がどんどん手薄になってゆく、現代において本当に素晴らしいことだと思う。

だけど、度を過ぎてしまうと、これまた問題で。本来ならちゃんとお金を払って、仕事としてしてもらうべきことまで、無料にしちゃうところがあるのだ。


相手の善意に頼りすぎ。
 頼まれた方も、善意を発揮して、頑張ろうとはする。でも、一度引き受けてくれると、その人にはますます「これやって、あれやって」が集まる。たくさんの仕事を無料でやりすぎた結果「疲れてもう何にもしたくない」となる。働き盛りの若手には特に負担は大きい。


そんなパターンを見ていると、何もかも無料と善意で押し通そうとすることは、仕事の芽を摘んでしまうことにもつながるんだなあと感じる。ちゃんとそこにお金を流通させれば、新しい仕事が生まれるのに、もったいない。



「仕事を作らねば」とか「収入が増えれば」と言ってる割に、逆説的。わたしはこのお金をめぐる微妙な葛藤の中に、地方が活性化しない要因も含まれていると思う。



お金は悪

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ただ、ある意味で「たくさん稼ぐのは悪」は正しい。
 閉ざされたムラ空間における、”昔の”脈略で言えば。


いまと違って昔は、買う人も、売る人も、ここに住む人たちに限られていた。小さな商圏、少ない人口の中で、奪い合いが発生する。たくさん稼ぎ「一人勝ちする人がいる」ということは、負けて食えなくなる人が出てくる。そういう脈略でいえば、確かに、たくさん稼ぐ=悪だったのだろう。みんなが良くなるように、わきまえよう。みんなで少しずつ分かち合おう、とね。


でも、今の時代は、違う。


田舎にもネットが入り、商圏が大幅に広がった。
 誰だって、やろうと思えば日本全国、外国に向けて商売ができる。


もはや、この小さなムラの中で、お客さんを奪い合うという構造とは違っているのだ。・・・というか、そもそも人口自体が減っているので、ムラの中だけでする商売は、きつくなる。よほど工夫しないと、事業はなりたたない。


これ、リアルな店舗でも言える。例えば、わたしが経営していた山カフェもそうだったけれど、全国に通用するような尖ったカフェを作れば、そこには1時間以上かけてでも、県外から人が来てくれる。別に観光地ではなくても、「この店」を目指して、東京や大阪からも来てくれる事態が発生するのだ。周辺のお店にとっても相乗効果が生まれる。


 鳥取県智頭にある有名な天然酵母パン屋「タルマーリー」には、外国からもお客さんが来ていると聞く。面白い切り口の 「ツアー」や「宿」という存在にすれば、ますますお客さんは遠くからでもやってくるだろう。


それは、今までムラには存在しなかった「あたらしいお客さん」の発生である。


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とっくの昔に限界ははずされて、ムラの中で奪い合わなくていい時代になってる





つまり、「限られた人を奪い合う時代から→限界がはずされて、奪い合わなくていい時代に」状況は変化している。そこをちゃんと意識すれば、稼ぐこと=悪にはならない。


既存のムラの範囲、既存の仕事イメージの中でしか考えないから、尻すぼみになる。むしろちゃんと稼いで、しっかり売り上げを上げて、なかった仕事も生み出していくと、ここに住める人を増やしていける。


 子どもたちだって、今までなら「田舎には仕事がないから」と出ていかざるを得なかったのが「ここに住みたいなら、仕事を生み出せばいいんだ」もしくは「誰それさんが作った仕事があるから、そこに就職する」に変われば、諦めなくていい。


その代わり、何をするにしても、全国で通用する手腕がいる。経営能力や、どこで魅せるかという編集能力など。大人も、そしてこれからの子供たちはより一層、それらをかなえるための実践教育に、力を注いだほうがいい。


都市と同じ脈略で競えば、不利な点は多々ある。なぜ編集能力が大事かというと、不利を有利に変えられるからだ。今いる場所や人や自分の持っているリソースを、客観的に見る目線。ちゃんと気がつけば、ここには、他にはない価値がもともと存在してる。それを、うまく有効利用し、自分たちならではの土俵をしっかりと築きあげられれば、強みになる。

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足を引っ張り合うのではなく、お互いに高め合うムラへ


 

稼いでる人が多くなれば、それはうれしいことと応援する。
自分も触発されてやってみる。そうなったら、とっても建設的。


わたしが暮らす高知県れいほくエリアは、年間30〜40組の移住者が入ってくる。中には、頼んでもきてもらえないような素晴らしい人材もいる。


それを見ていると、田舎だからこそ全国からたくましい人材が集まり、お互いにノウハウや考え方を教え合えるような、強いコミュニティの可能性を感じる。「むしろ田舎にいるほうが得で便利だよね」という構造さえ生まれるかもしれない。


田舎の持っている相互扶助性を「学び合い」に発揮していけば、依存ではなく自立につながって、長い目で見たときの効果が大きくなる。



お金のことではなくても、やっぱり、気持ちのいい関係性というのは、

 「相手が努力してるなら応援する、成功したら一緒に喜ぶ」

 「ますます触発しあって、自分もよくなる」だと思う。


 足を引っ張り合うよりも、そういう気風を、作っていきたい。そんな中で、子供を育てたい。

さいごに


今の時代、田舎でも都会でも、お金であれなんであれ、豊かさを与えてくれるのは「大企業や国」ではなく「となりの誰か」に変化してきているのかもしれない。それなら「与え、与えられる関係」を、紡いでいこう。



今日から、あなたのそばにいる誰かの仕事がうまくいったら、一緒に喜んであげよう。



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