「満員電車で足を踏まれて、”ごめんなさい”もない時に、仕方がないと分かってても心がチクチクするんですよね。そんなことが知らず知らずたまって、しかも自分も同じような事をするようになった時、やり場のない辛さでいっぱいになります」


そんな話を東京で聞いた後、高知への帰路についた。


さっき、電車の中から向こうのホームを眺めていたら、高校生のカップルがベンチにすわって、仲良く話していた。女の子が顔をのぞきこんで、男の子がちょっとキスしようか迷ってる。ためらった瞬間に女の子がマスクをしてしまって、男の子が残念そうにしてた。夕暮れ時、山と田んぼが背景にあって、なんだかすごく和む景色。かわいいな。

そういえば昔つきあってたアメリカ人の彼氏に、別れ際のホームでかなり濃厚にキスされたことがあった。あれはなんだか自分の気持ちを120%ぶちゅっと押し付けられたようで、「ロマンティックだろ?オレ」って感じだったけど、物語は彼の中で終結していて、ロマンティックでもなんでもなかった。


他にも、勢い付いてねじ込まれるようなキスをする人もいた。若さもあって仕方なかったのかもしれないけど、勝手にその人の独断と偏見の世界をねじ込まれているようで、食べ物にアタってしまったような感覚を覚えた。


そんなことが続いた時期、「わたしは体感的にいい影響も悪い影響もぐっと受けてしまう体質なんだ」と分かり、一人よがりな人とはスキンシップを持ってはいけないなと思うようになった。


じゃあどんなのだったらいいの?というと、対話のようなものとか、二人でちゃんとその世界にいるようなもの。一人ではなくね。終わったあとに充足感と、少しだけ甘くぽーっとした感じが残るやつ。


電車で足を踏まれた上に無視されたつらい感覚と一緒なのだ。
大多数の中でいないかのように扱われる、ふたりでいるのに無視されたように感じる。
触れ方一つ、キス一つに、その人が現れる。


言葉ではきれいなことを言っていても、触り方が雑だったり、大切にしてない感じがあったり、ひとりよがりだったり、そこには隠せないものがある。人って大切にされてないことが伝わってしまうと、ストレスになる。無意識で傷ついてゆく。


だからこそ、人をどんなまなざしで見るか、どんな風に触れるか、どんな声をかけるか。

ためらってキスされた時。やっと、という感じで愛おしく触れられた時。

やっぱりそんな瞬間が、一番ぐっとくる。





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