わたしは、今ではこんな感じでラクにやってますけど、小学校の頃はすごく自分にコンプレックスがあったんですよー。


クラスの中でも主流とは違って、ちょっとマイナーな片隅にいる子でした^^主流のリーダー格の子たちには馴染めなかったり、時折いじめられたこともあり、友達といっても心からつながれるような子はいなかったりして、それなりに寂しかったです。


きっと、今の子ども達の中にもそんな子はいるんじゃないかな?でもね、今思えばだから良かったこともあるなーって思うんですよ。将来に役立ってる。 今日はそのことを書いていきますね。

いじめ集団と、身体的なコンプレックス

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小学校4年生くらいまでは平和に暮らしてたんですよ。勉強も好きで、スポーツもその頃はできたし(今は誰も信じてくれないけど( ̄∠  ̄ )ノ)素直に自分らしくやっていました。ところが5〜6年生のころ、陰険系いじめっ子集団がいるクラスに当たってね、リーダー以外はじゅんぐりにみんないじめられていくという困ったサイクルがはじまりました。


中学を卒業してからは、メンバーも変わり、また素直になれて楽しく過ごしてたんですけど、それまでの時期がしんどかったです。


その時代「だるそうにするのがかっこいい」風潮がはやっていて、わたしはなんでも一生懸命タイプだったので「あいつ真面目すぎやろ」とバカにされ、姿勢がよければ「ダサい」と言われ、成績が良かったり作文や習字で賞をとったときには「どうせアイツは先生にひいきされてるから」とか言われて嫌がらせされるしまつ・・・(笑)


今なら笑えちゃうし、まあその子たちもなんか怖いものとか鬱屈したものがあったんだろうなって思います。だけど、その時はほんとに嫌だったし「もうちょっとだるそうにしないといけないのかな?」って考えて(あ、これも真面目に)姿勢を崩してみたりしました。

自分軸で決めたこと
 
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 でも、やっぱり身体的なことを言われるのが一番嫌でしたね。色が黒い、目が悪い、色々ネタにされていじめられたこともあったけど、一番はアザ。わたしには、生まれ持ってついたアザが足にあるんです。それはどうしようもなくて、自分でも気に入っては無かったんですよ。


 小さな頃から「それなに?どうしたの?けが?」と聞かれたとき「これはね・・・」と説明することには慣れていて、そのとき友達が純粋に「かわいそうに」と不憫な顔をしたり、もしくは「え!きもちわる」と言うことはあったんです。それはそれで、少し心が痛んだけど、相手の素直な反応なんだし仕方ないなあと思っていました。


 だけど、傷つくことをわかっていて「あいつのアレ、きもいな〜」とにやにやしたり「お前ってほんまきもい!」とののしりに来るいじめ集団には、さすがに凹みましたね。思春期だったしね。人から見れば小さなことなんですけど、その時はとっても大きいコンプレッックスに感じました。

■病院で考えたこと

家に帰ってそのことを母に話すと、母は「ごめんな、わたしがそんな風に産んだから」と言って泣いたんです。わたしは、それもすごく辛かった。そう思わせるのがね。母は心配して大きな病院にも連れて行ってくれ、そこでアザを除去する方法の説明も受けました。レーザーとか全身麻酔の手術など。


気持ちや見た目としては、ほんとは取りたいなあと思っていました。でも、その説明を聞くうちに、なんだか、こう思ったんです。

「このアザも含めてわたしだし、これを取り除いたからって何になるんだろう?あいつらに合わせるみたいでいやだ」

「 これも含めて愛してくれる人が、もしかしたらいるかもしれないし、そういう人とやっていきたいな」
って。


だから、取らないことにしました。親にはほんとにいいの?って聞かれたし、そうは言ってもほんとにそんな自分を愛してくれる人ができるのか?は想像できませんでしたが、高校生〜大人になるまで、それも含めて好きになってくれる人はちゃんと現れました。


今思えば、そこまでアザにアイデンティティを注入しないで、全然サクッととっちゃっても良かったのかもしれないなとは思うんですけどね〜^^


でも、何よりそのとき結論を自分で出し「自分軸を判断の真ん中においたこと」はその後の人生においてとても大事なポイントになりました。


嫌な体験から得られた5つの自分軸


1、主流に媚びない、擦り寄らない、自分が楽しいと思うことをする姿勢が培われた
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この出来事があってから、わたしは「誰か」の目線より、自分に軸を置いて生きようと思うようになりました。いじめられてもその子達に媚びることなく、すり寄ることなく、放っておいて自分が楽しいと思うことを一人でするようになりました。


教室の片隅で本を読んだりイラストを描いたりしていました(今と変わらないか)そしたら、不思議なことに、同じようにイラスト好きの子が寄ってきて、すごく仲良くなりました。主流の子に気に入られなくても、全然友達なんてできるんじゃんって思いました。そういう子の話はマニアックで面白かったしね。


楽しそうにしてたら逆に、いじめっ子集団の女子が「けいこちゃん、あそぼ」と寄ってくるようになりましたよ(笑)


自分がやりたいことをやっていると、共鳴する人が寄ってくること。誰を大事にするべきかもわかりました。
 

2、特技ができた。
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イラストは、その後特技にもなり、いろんな子とつながる手段にもなりました。文化祭の大道具とか美術でも重宝され、あいつはちょっと違うって「別枠認定」されるしラク。「描いて〜」と喜ばれるしね。コミュニケーションツールを作るきっかけにもなりました。今では仕事にもつながっています。
 

3、マイナーな人の気持ちが想像できるようになった。
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良かったのは想像力が育まれたこと。自分はすごくマイナーな存在だと思っていたので、世の中でそういう立ち場になっている人の気持ちを想像しようと思えました。


例えば、障がいを持っている人、社会的弱者と言われている人の気持ち、視点、暮らしにすごく興味を持って、大学生になってからは様々なボランティア活動にも参加しました。世界はどこから見るかによって、こんなに違うんだなと感じました。


昔クラスでリーダータイプだった大人に聞いてみると「自分が一番で、みんなついてこいって感じだったから、逆に周りの人の気持ちが想像できなかったんだよね。自分を疑わないジャイアンみたいな。だから、自分の子どもがマイナータイプでも、それはそれですごくいいと思うよ。人の気持ちを汲んだり、自分の世界を持っていたりして、将来すごく役立つよ。」という話をしてくれたこともあります。こういう良さもあるようですよ^^


4、自分の世界観がつくれた
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今、大人になって自分の道で成功してる友達に聞いてみると、結構こういう人が多いんですよ。

「わたしは、小さな頃クラスでも全然友達がいなくてさ、だから一人で本を読んだり、興味のあることを研究していたんだよね」

「おれは、いじめられてる間に自分が好きな音楽を極めた」
とかね。


そのうちの友人Mちゃんなんて、友達と合わない上に親とも合わず、だからこそ「自分で生活してかなきゃ!はやく独立したい」と思い、小学生のころから「たべられる 野草ときのこ」の本を読みまくり、自活するために実際やってみていたとか(笑)


彼女はなんでも徹底的にやる方だから、その姿勢で進んだ結果、今では立派に独立して、服飾の世界でカリスマになってますよ。


わたしも、自分の気持ちを心から話せる友達もいなかったし、いじめもあったし、孤独だったからこそ自分の世界を一人で掘り下げられることができたのかもしれないって思います。


みんながアイドルの話をしている間に、本を読みあさったり、 一人で美術館に絵を見に行ったり、映画を見たりしていると、そこに何か深い闇も光も表現されていて、もやもやがちょっとラクになる体験もしました。その見えない積み重ねが体の中に蓄積されていて、今も役立ってくれていると思います。
 

5、師匠センスが磨かれた。
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 誰にも分かってもらえない、消化できない複雑な気持ちは、絵や文章で表現したりしていました。高校の時、行きたかった画家の先生のアトリエに通い出したんです。そこで作った立体物を先生が評価してくださったんですよね。「この立体は、そもそもの概念を否定している・・・!モノなのにモノじゃない。君は天才だ」って(笑)あはは。


その時は言ってる意味がわからなくて、先生それは言いすぎやろ〜って思ったんですけど、今まで誰にも分かってもらえなかった自分を評価してくれる人がこの世にいることが嬉しくて、制作をどんどん続けていきました。


こういうこともあってか、師匠選びに関してはかなりセンスがいいと思ってます(笑)今でも常に恵まれているし運がよく、だから今まで生きてこれたと思ってます。


小さな頃は少ないけれど、大人になればなるほど、流されない人、自分を持っている人、それで生きてる人たちは出会うようになってるんです。主流ではないので生き辛いところもあるんですけど、それでも自分の世界を持って強く生きてる。そういう人たちとコラボしたり、助け合ったり、分かち合うことはすごく楽しいですよ。創造的だしね。


 しかも、30代になって、こうやって自分で素直に生きてると、レアな生きモノを見つけた!って勝手に喜んで励まされてくれる人まで出てくるし(笑)上の人からは「そのまっすぐさがいい」と可愛がってもらえますしね。


まとめ。わたしの場合は小さな頃のコンプレックス・嫌な体験で得られたこと。



・主流に媚びない、擦り寄らない、自分が楽しいと思うことをする姿勢
・マイナーな人の気持ちが想像できる
・コミュニケーションツールと仕事につながる特技ができた
・自分の世界観がつくれた
・師匠センスが磨かれた


何が幸いするかわからないものです。状況がひどくて辛すぎれば、そこから出て環境を変えたり、距離をとってもいい。その世界なんてすごく小さな一部の世界ですよ。 なんでもいいからまずは生き延びましょう。


そして自分の心を素直に保ち、世界観を育てていく。目の前の相手を恨んだり咎めたくなる気持ちはわくものですけど、結局何でも自分の役にたつきっかけにできれば「勝ち」です。流されずに、自分に軸を持って生きてきて、わたしの場合はよかったなあと思います。


 小さな頃が一番つらくて、大人になるほどいい。


そんな人もいるから、どうぞ今の子どもたち、親御さんたち、主流じゃなくてもコンプレックスがあっても「大丈夫」だと思って、自分を生きてね。


どんな人も、たいせつな一人の存在ですよ。



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■著作エッセイ漫画
山カフェ日記~30代、移住8年。人生は自分でデザインする~
山カフェ日記~30代、移住8年。人生は自分でデザインする~ [コミック]










■私がオーナーをしている、自然派菓子工房「ぽっちり堂」
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