■ホームは大事にしたほうがいい


先日、ものすごくリラックスできる場所に行った。
あったかくて、さらっとしてて、会話も何気なくいい。
おいしいものも、笑顔もあってすごく楽しかった。

久しぶりにゆるっと解放された温泉に入ったような気持ちになって帰ってきた。
悪夢も見なかったし、朝起きたら「ホッとする」というのはこんな感覚だったっけ・・・と思った。

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■アウェイに慣れることの怖さ。快がわからなければ、不快も分からなくなる


そして逆に、「ああ、最近こわばってたんだなあ」ということにも気がついた。
体とか、心とか、色々なことが緊張してる状態だったんだ。
意外と自分では気がつかない。


私はファイターな部分もあるので、アウェイで戦ったりすることにも慣れてしまいがち。
妙に真面目で、自分が頑張っててこわばってる時、さらにそのまま頑張ろうとする傾向がある。

だから、ときどきHOMEと思える居心地の良い場所にひたることも大事だなあと思った。


HOMEがわからなくなると、自分が見えなくなっていく。
快がわからなければ、不快に麻痺する。

ストイックな人は「自分を甘やかしてはいけない」「わがまま言っちゃいけない」「もっとこうあらねばいけない」と思いがちなんだけど、そもそも実はそれが「甘やかしたりワガママ」レベルのことではなかったりする。


自分を充足させたり、安心させることは大事だ。居心地よい場にいていいし、自分が充足していていい。「自分自身にとっての良いものをちゃんとわかって、選んでもいい」と思える自分になりたいと思った。HOMEがあって、アウェイもあって、自分自身がいて、はじめて頑張れる。

■アーティストタイプの切実


最近、仲の良い友達に会った。
この友人との共通点は根っこがアーティスト的なところだ。
実は社会不適合なところが色々とあって共通してるんだけど(笑)、それをカバーしながら頑張って事業を起こし経営してきたところも似ている。実はそんなキャラじゃないくせに、優等生としてめいっぱい頑張ってきたような感じだ。

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彼女はとてもセンスがよく、素敵な世界観を作れる人で、いつも元気に動き回っている印象だった。
母親業もしながらよくここまで出来るね!ってくらい頑張って店を切り盛りしていた。
だけど、半年前くらいに今まで主でやってきた事業と店をやめた。
そして、小さな小さなアトリエを作り、そこで業態を変えた小さな事業をはじめた。


それが周りの人にとっては謎だったみたいで、今でも疑問や意見をぶつけられたり、勝手にアドバイスされたりすることもあるって言ってたけれど、彼女としては要らないものをそぎおとしてシンプルになった今がしっくりきているようだった。

そして熟成できる場として一人になれるアトリエを持ったことによって、
「また、何か自分の中から湧き上がってくる感覚を感じられるようになった」とのこと。とても、嬉しかった。
 

■天才は「天」から与えられた「才」だから、世界にとって一番有効になるよう発揮することが大事。当てはめて殺し、損失を増やしてはいけない。


私は話をきいて、切実に「根っこがアーティストな人の生態に合った方法論が、今の日本にはなさすぎるんだよなあ」と思った。正直言って、彼女に対するアドバイスとか疑問は、かなり的外れなことばっかりだ。「で、真意は?」とたずねられても、もうすでに現してることが全てで、「これが、真意です」としか言いようがない。「こうしたら」「ああしたら」と言ったって、出来たってやりたくないことなんだから、もうやらないんだよ。



実力はあるけど、それを持った上で一度もぐって、さらに自分の世界観と経営の新しいあり方を作ろうとしている過程。他人を安心させる言葉を探し、みんながわかりやすい形にするほど、自分の立ち位置と外れていくからやめた方がいいよって思った。もっと内発的でいい。

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彼女は、みんなが思っているよりもずっと真面目でストイックだ。
だからこそ、皆が思っただけで終わるところの先まで行動し、現実化まで努力も続け、経営面でもある一定の成功を収められる人。



一般論とか、そこらへんの本屋にあるような本だと「いやいやそれはワガママだから、みんな頑張ってるんだから、もっと頑張れ」とか「ここをもうちょっと改善したらできるんだからやれ」とかそういう話になるだろう。


だけど、もうすでに、十分既成の方法では頑張ってきてるんだよ。
それでももう限界を超えてるって事。なんか違うってこと。
中身が枯れてしまったら、一番の武器である世界観がなくなって、私達なんてどうしようもないんだよ。
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根っこがアーティストタイプの人には当てはまらないしズレている一般論。
ワガママとは別もので、その人に合ってない状態を作り出してしまうようなものだ。
一般の人にとってはモチベーションをあげたりパフォーマンスをあげたりできる方法でも、アーティストタイプの人にそれを当てはめてしまうと、その人自身が死んでしまう。

パフォーマンスがあがらなくなって、世界にとっての損失でしかなくなってしまう。

表現したいものがなくなるってことは、普通の人がごはんを食べられなくなるってことと等しい。
魚に水がないのに泳げっていってる状態。それくらい切実なもの。


今のグローバル化する世界では、ロボットや機械で出来るような作業が増え、人間が働く場所は縮小される動きになっている。逆に言えばこの世界観や、ナチュラルに人とは違う性質を武器にせずにどうする?て感じでもある。

■一般論はいっぱいあるけど、アーティスト気質の人への方法論がなさすぎる




デキる人に対しては、みんな厳しい上に、期待をかけすぎ、頼ろうとするのが不思議だ。
気がついたら、人のニーズに応えすぎて、抱えなくていいものまで抱えてしまいそうになる。

変に真面目なばっかりに、自分自身が当然手にしてもいいはずの「居心地の良さ」や、「充足」をすべて「ワガママ」と突き放し、選んでもいいはずである「付き合う人も、やりたいこと」も、手放してしまう。そうすると、HOMEを持たずにアウェイで常に戦闘してるような状態になっちゃうのだ。



だけど、そんなことは義務にない。しなくていい。選ばなくていい。自分の人生は自分のものだ。
今まで彼女は、
「やりたいことと数字とどっちもバランスをとって」
(すごくしっかりもので、その上やりたいこともできてる経営者に見えていた)


「できないことはないし、求められてるならするか」
(人の求めてるものをくみとるのが、ものすごく得意な人と思ってた)


「接客は実は苦手だけど、がんばって笑顔で元気でいる」
(実際、ものすごく接客は上手だと思ってた)


「本当はこの世界観を大事にしたいけど、お客さんのニーズをくみとって、それが自分にとってもう終わったものでもやる」(おしゃれですてきな世界観を作れる人で、それを事業でできていいなって思われてた)



それくらい自然にふるまっていたし、人から見て無理しまくってることが分からないくらい優秀だっただけ。だけど、そういう器用さを発揮しているうちに、どんどん自分自身ではなくなっていき、表現したいものなんてなくなって、カラカラにかわいてしまった。気がついたら何も湧き上がらなくなるようになった。

■アーティストタイプのバランスと順番。妥協で人とあわせるんじゃなく、独壇場を作ってつながる。


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■アート×経営のバランス

アーティストタイプも、現実社会で生きていくにはアート×経営を成り立たせる必要がある。
だけど、このタイプにとって「バランスをとる」っていうのは、世界観と経済を天秤にかけて妥協しながら保つようなことではない。ちょこちょこっとニーズに合わせて「ほら、これでしょ?あなたのほしいもの」というようなことではない。

もっともっと突き抜けて、そこに圧倒的な素晴らしさを作り、その世界観に共鳴し光にひきつけられた生き物が集まってくるような独壇場を作ること。
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■人とのかかわり方
また、アーティスト気質の人は、こういう方向↓で人と関わるのではなくて、

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内面から外へ表現して人に「伝わる」ようにすることが大事。
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■順番

また、アーティストタイプの人は、普通の人と順番が違う。

1、まず世界観を大事にして
2、表現し
3、それからマネタイズを考える

この順番は、自覚して大事にしないといけないと思う。

■アトリエという場所を持つ意味


アーティストタイプの人にとって大事なのは、HOME=自分のアトリエ、居場所である。
これは心の中の空間でもいいのかもしれないし、現実にあるともっといいのかもしれない。
彼らにとって大事にするべきなのは、これだ。


1、一人で深めて
2、内面から表現する
3、表現され外側に現れたものが、人に見える


そして、その見えてきたものが素晴らしさを含み、人にとってなんらかしらの共感・価値になるためには、自分自身にどれだけ魅力的な世界観があるか?が重要。
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1人で、内面へ向かい熟成させる時間、そしてアウトプットする時間。そのための環境が必要ってこと。


店でもない、売り場ではない、不特定多数が利用するでもない=「もったいない」「何してるの」と言われがちだけど、そもそも売り物となる世界観が熟成されカタチになっていないければ売るものもない。


畑がないのに、おいしい野菜はできないようなものだ。
発酵させる時間を待たずに、おいしい天然酵母パンは食べられないようなものだ。


安心して深め育み、より素晴らしさを作るために重要な場所が「アトリエ」。
日本人の概念にはあまりないかもしれないけれど、私は小さなころから画家のアトリエに通って育ったので、その居場所によってどれだけ素晴らしいものが熟成され、人が育ち、そして世界にとっても有益なものが生まれていくか知っている。


こういう「間」から生まれていくものは大事。「間」は「遊び」「余白」でもある。すぐに成果を求めるばかりでは味気ない世界になってしまう。直結しない、だけどその場があることでもっと素晴らしいものが世界に生まれ、人の役に立つ。それが結果として相手の心に良い環境も作り、価値になる。その大切さは、これからもっと意識化されていいことだと思う。

■自分のことは思っている以上に知らない。あなたは、あなたなりの幸せを作っていい。


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私は最近「自分が思っている以上に自分のことを分かってなかったんだな」と思うことが多くなった。
何となく目指していた年収も、売上も、状況も、安定も、安心も、実は誰かの理想をインプットして思い込んでただけだった部分がある。

一度プレーンな状態になって自分自身を知り、掘り起こしていく作業をした時に、「いるものといらないもの」が見えてきて、自分の求めてるものが少しは分かるようになった。それは一般的な理想とは違う形だった。


追い求めて頑張ったすえに、いらないものが手に入る状況なら、時間がもったいない。人生の時間も肉体も有限だから、無駄なことはせず、自分が思った道をまっすぐ進もうと思った。やってみてダメだったらあとで修正すればいい。
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あなたの幸せは、みんなと違う方法や、みんなと違うあり方かもしれない。確かに「自分らしくあることが、一番のパフォーマンスを発揮する=人のためにもなる」という人はいるのだ。

■みんな違ってみんないい、のウソ。


学校でも社会でも「みんな違ってみんないい」とか言われてるわりに、
結局違えばワガママといわれ、自分の本来のタイプとは別の一般的なカタチを当てはめられ、
矯正してみんなのやり方に似てきたら良しとされる。
全員で我慢大会に参加しているうちに、その人の良さは枯れ、欝で自殺したりする人が多くなり、世界の損失が増えていく。


ワガママでも何でもない。
自分を自分で充足させてもいい。
人から見て謎でも、自分は自分の幸せの形で幸せになっていい。



自分で自分を知り、自分の世界観を作り、幸せの一つの形をこの世に作っていくには強さも必要で、孤独でもある。だけど、そのための努力は怠らないだろう。


居心地の良いHOME(アトリエ)をちゃんと持ち、原点の場を作っておくこと。
人とタイプもやり方も違うことを自覚すること。
熟成されるための1人の時間を持つこと。
順番は大切にすること。
これを大事にしながら、アウェイな世界に自分のHOMEを作っていこう。


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■著作エッセイ漫画
山カフェ日記~30代、移住8年。人生は自分でデザインする~ 山カフェ日記~30代、移住8年。人生は自分でデザインする~ [コミック]







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